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Seven Diamonds (坂口千秋とのインタビュー)

CS:最初に北海道の森を訪れたのは2006年の11月でしたね。作品制作のためのリサーチでしたが、まずどんな印象を持ちましたか?

 

DC:一片の冬の大地。私たちが到着したのは、まだ辺りが静かな早朝でした。少し霧が出ていたけれど、遠い山の向こうまで見渡せました。私は普段都会に住んでいるので、こうした景色にはあまり馴染みがないのですが、その美しい静けさはとても気に入ったことを覚えています。けれども、なにかを本当に思ったのは、森を歩き始めた後のことでした。とても長い間歩いてその広さを実感し、地形を眼に焼きつけながら、ここでプロジェクトを行なう面白さとむずかしさを感じました。こんなすばらしい風景の中では、アートなどとてもちっぽけな、とるに足らないことに思えます。だから私の第一印象はこうでした。「こんなところでアートは一体、なにをもたらすことができるんだろう?」

 

 

CS:それでどのようなアプローチを取ったのですか?

 

 

DC:はじめは彫刻的なものを風景のどこかに置こうと考えていたのですが、特にそれはむずかしそうでした。ここへ来る前に、自然の中に配置したアート作品や彫刻公園のようなプランなど、いくつか案を用意していました。でも、すぐにそうしたアイデアには興味を失いました。実際に場所を訪れ、木々や森や草や小川に囲まれていると、その力強い風景になにを置いてもうまく機能しないと確信してしまったんです。

それでいったんフランスに戻り、プランを考え直しました。あるとき、以前閃いたアイデアが再浮上してきて、それがここにぴったりだということに気づきました。私は、ずっと自然の中に小道を設計したいと考えていました。その場を探索するためだけの、彫刻としての小道です。機能的ではないけれど、ちゃんと始まりと終わりがある、そんな小道を風景の中に設置して人々を招き入れたいと思いました。計算すると、小道の長さは約500m。その場の特徴を考慮して、場と対話しながら、一本の木、眼にとまる景色、地面のディテールといった周囲の要素が小道の形状をデザインしていくようなプランをたてました。

 

 

 

CS:でも、その後プランは変わりました。なぜダイヤモンドになったのですか?

 

DC:二度目に森を訪れた際、実際の場所に立って小道の設置場所を検討しました。ところがすぐに、想像以上にコストがかかることが判明しました。計算上、たくさんの資材と人手が必要で、予算をはるかに超えてしまったんです。またしても私は悩みながら日本を離れました。いろいろなアイデアは浮かんだけれど、どれも小道のプランほどぴったり来ませんでした。

それで、最初に感じた印象に立ち返ってみました。ずっと頭にあった「人々をこの場所に招き入れたい」という気持ちを、ようやく別の角度から眺めることができました。私は、この北海道という遠い島に、ずっと残るなにかを残したいと思いました。でも、それは私が二度と眼にすることのないであろう「なにか」にほかならない。その感覚は不思議なものでした。つくることはパーソナルな行為であり、私の大切なものをそこに残して去るような気持ちでした。書店や図書館の本のページにパーソナルな写真を挟んで立ち去った『アルバム』(2006年)とも似ています。

そうして個人的に大切なものをここに残そうと決めました。十勝千年の森に残せる私の大切なものとはなにか? 答えはそう簡単には見つかりませんでした。自分にとって大切なものを考えれば考えるほど、その答えはあまりにも個人的で、この場所と関係があるように思えませんでした。そこで、大切なものという言葉自体について考えてみました。大切なものとは、やはり具体的な「もの」に違いない。その時真っ先に浮かんだものが、宝石すなわちダイヤモンドでした。ダイヤモンドを森に置く—それは当初の小道のアイデアと同じくらいクリアに響いて、これはいけると思いました。そこからダイヤモンドのプランがスタートしました。ダイヤモンドを森に残すことで、ダイヤモンドそのものではなく、森に関心を惹きつけることができます。ダイヤモンドを置く場所は秘密である必要があります。その在処が分からなければ、いやでも大きなフレームで風景を見ることになります。それは風景の見方を変えるでしょう—千年の森は、突然ひとつの宝石箱へと変化するのです。

 

 

CS:なぜダイヤモンドなのですか? 7つという数にも理由はありますか?

 

DC:とても単純な理由です。なぜならダイヤモンドは最もポピュラーな宝石だからです。ダイヤモンドをめぐる文化やイメージには興味深いものがあります。ダイヤモンドといえば、希少で大切で高価なもの、というはっきりとしたイメージを誰でも思い浮かべます。また、天然石でありながらカットによって価値が変化するところも面白い点です。人の技術と歴史を経て、ダイヤモンドは自然から文化へと変容します。そのことは、人が目の前の風景をどのように捉えるかということにもあてはまります。人と自然の間には特別な関係があって、フランドル地方の古典的風景画からモネ、カスパー・デヴィッド・フリードリヒの写真、そして現在に至るまで、風景はその周辺の文化を語ることなくして存在しません。だからこそ、私たちはそれを眺めるのです。

次に7つという数についてですが、試行錯誤の結果といっておきます。ダイヤモンドの数は、多すぎず、だが唯一無二にはならない程度の数がいいと思っていました。例えば、1は無理。2では少なすぎるしシンメトリーは避けたい。6までは個々の特徴を考えてしまう、でも7となれば、すでに一つの塊としてその存在を把握できます。また、7は意識と精神の数だと誰かに聞いたので、それで7に決めました。

 

CS:これをパーマネントの美術作品として残すことにためらいはありませんでしたか? 完成しても、眼に見えるものはなにも残らないのに?

 

DC:ためらいはありませんでした。むしろ普通にビジュアル作品をつくるよりずっと面白そうだし、とてもやりたくてワクワクしたくらいです。もともと私の作品には、眼に見えるものがほとんど残らないものが多くあります。『ニーズ』シリーズでは、私の行為は消滅して、あとに残るのはドキュメントの写真だけです。とはいえ、せっかくパーマネント作品をつくるチャンスがあるのだから、残るものをつくって後世に自分の存在を示したいと、アーティストなら誰もが思うところです。とても人間的な欲望ですし、私も同じです。大きなものをつくってみたいし、なにかを残したい。だけど巨大な作品を残すためにこの場所に招かれたとも思えませんでした。おそらく、それが私の作品の特徴だろうと思います。目の前にある巨大な石と、眼には見えないが確実にそこに存在しているもの、その両者の違いはどこにあるのでしょう?

このプロジェクトを企画した十勝毎日新聞社のコミッショナーは、彼が実際には見ることのできないものにお金を払いました。私のアイデアを受け入れることはとても勇気の要ることだったと察します。コーディネートを担当したP3の説得にも感謝します。これが実現して本当にうれしいです。

ダイヤモンドが見えない一方で、黒い御影石の石碑はこの作品の語り部となります。ここが作品への入口です。見晴らしのよい景色へ続く小道の始まりに、材質や大きさを慎重に考えて設置してあります。『ニーズ』でも、実際のものを見ることはできません。喪失の部分について意識を巡らせるように仕向けることは、私の作品にとって大切なことです。

 

 

CS:『ニーズ』の行為がそうであるように、あなたの作品にはいつも匿名性がつきまといます。行為とそのドキュメントとの間にはどんな関係があるのですか?

 

DC:私が行なった行為と見せる作品との間には、とても強い関係があります。『ニーズ』では、行為そのものは見せません。もし見せるとしたら、もっとパフォーマンス的で楽しめるように工夫するでしょう。私は写真に収めることによって、行為する人と作品との間に一定の距離を置こうとしました。その日私がなんと言ったかとか、疲れていたかどうかなど、私個人の情報は写真からは伝わりません。目の前にあるのはひとつの行為であり、それを行なった誰かではありません。人よりも行為そのものに注目しました。私の作品は、自伝的なものでは決してありません。

でも、『七つのダイヤモンド』はちょっと違います。これは十勝千年の森という特殊な場所でのひとつの行為です。作品を見るためには、まず石碑を読む必要があります。そして顔をあげて、そこに広がる風景を眼にしたときに初めてその意味を知ります。それが大きな違いです。『ニーズ』では、行為が行なわれた場所を訪れる必要はないけれど、『七つのダイヤモンド』はその場所性と強く結びついています。見ようとすること自体が作品体験となり、それは『ニーズ』のようにはドキュメントし得ないものです。

 

CS:丘の手前に立つと、あなたの石碑は遠くにぽつんと黒い点にしか見えません。近づいて行くにつれて、そのかたちがまるで墓碑を連想させたのですが、もしかしたら何か意図があったのですか?

 

DC:特に意図しませんでしたが、そう見えることは知っていました。死の気配は私の作品に頻繁に登場します。歩道の街灯に花を飾った『ニーズ』は、そこで亡くなった人への献花のようにも見えるし、地中海にはそういう風習があると聞きます。18世紀の古典的な英国庭園でも、哲学者や詩人を偲んで石のモニュメントが多く建てられました。そうした連想は悪くないですね。これと似た例には、イアン・ハミルトン・フィンレイの『See Poussin Hear Lorrain』があります。ダイヤモンドも、埋めたのではなくて失ったんです。

 

CS:御影石の石碑にはこう彫られています。「七つのダイヤモンドがこの土地の七つの場所に秘かに置かれた」それは目の前の風景への謎めいた鍵のようです。石碑のたった一文で、広大な景色全体があなたの作品にとりこまれてしまった。でも、それは巨大でモニュメンタルな作品をつくるアーティストへの皮肉ともとれるし、また人の富への執着を揶揄しているようにも思えます。あなたの作品において、アイロニーはどの程度のパーセンテージを占めるのでしょうか?

 

 

DC:それをアイロニーと呼ぶかどうかはわかりません。こんな広大で美しい風景を前にしたら、どうするのが一番正しいか悩むのはごく自然なことですからね。最近は、モニュメンタルなアートワークをあまり信望しなくなりました。ビエンナーレなどの大規模な現代美術展ですっかり見慣れてしまったせいかも知れません。リチャード・セラやロバート・スミッソンなど、そのスケールが作品の神髄だった作家のことは理解できます。でも、今の時代に巨大スケールの作品をつくる意味が私にはわかりません。セラもスミッソンも好きですが、バス・ヤン・アデルや『Robin Redbreast's Territory/ Sculpture 1969』の作者、ヤン・ディベッツもすばらしいと思います。でも、私たちと彼らの時代には隔たりがあります。モニュメンタルな作品をつくる必要も義務も現代には見当たりません。私がもしモニュメンタルなものをつくるとしたら、彫刻のかわりに空間をつくりたいと思います。アヌシーでの広場のプロジェクトは、そうしたアイデアから生まれたものです。

けれども私は、十勝千年の森に、美しい緑の宝石箱に置くようにダイヤモンドを置きたかったんです! それは彫刻を設置するような作業でした。ヘンリー・ムーアが公園の緑とバランスをよく考えて彫刻を設置したように、あるいは真っ白な壁に絵を掛けるように、ダイヤモンドを森の中に置きました。大切なのは、人間にとって価値とは何か? 大切とは何か? ということです。最近読んだ経済学者のジェボンズ、ワルラス、メンガーの本の中で、例えば一杯の水は、水道から水が汲める地域と砂漠とではぜんぜん価値が違うとありました。それぞれの文化や欲望や興味によって価値は変化します。価値とはいったい何か、という問いかけです。

 

CS:公園に彫刻を設置するように、またはキャンバスに一筆を置くように、ダイヤモンドを森に置いたということですが、そんな広い平原で、さらに誰に見せるわけでもないのに、どうやってその配置場所を決めたのですか?

 

DC:正直、森を訪れるまではあまり考えませんでした。実際にダイヤモンドを持って森を歩きながらあれこれと楽しく悩みました。最適な場所を決めるには、とにかく歩くしかありません。決して偶然にまかせて置きたくなかったし、誰か幸運な人が発見出来るような場所であることも必要でした。極端に特別な場所ではないけれど、名前をつけられそうなくらいの特徴を持った場所を選びました。私はそこにダイヤモンドを「残した」のではなく、慎重に「置いた」といいたいのです。雨や雪解けで流れ去ることも想像して、消え去る可能性も考慮しながら慎重に置いてきたので、たぶん長い間そこに留まっているはずです。

 

 

CS:十勝地方にはアイヌ民族の伝説が多く残っています。自然と人間の厳しい闘いと協調の歴史が、神話となって語り継がれている土地です。また、ロシアの作家トルストイの童話には、7つのダイヤモンドが空にのぼって北斗七星になったというお話があります。この『七つのダイヤモンド』にも、どこかそうした神話的要素を感じます。これは、あなたが用意した現代の神話といえるでしょうか?

 

 

DC:それはうれしいですね。北海道に神話がたくさんあることは知っています。もし私の作品が新しい伝説になったらとてもすてきだと思います。なぜなら、ものの見方が変わるからです。人は物語や神話を語り継ぐことを好みます。本当のことはその中にあるのかもしれませんね。

 

CS:何年もたったら、その石碑の作者のことなんてみんな忘れてしまうでしょう。それについてどう思いますか?

 

DC:構いません。「この道路は誰がつくったのかな?」なんて気にして歩く人なんていないでしょう? それが作品だと気づかなくても、人々は森を訪れ散策をする、それだけです。