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Propositions pour un paysage (エマニュエル・ローペルス, イヴリー現代美術センター/フェルナン・レジェ ギャラリー館長との対談)

ER:公共空間は、クールボさんが初期から扱っている題材ですか?

 

DC:パリのエコール・デ・ボザール卒業後,ヴェルサイユの景観デザイン学校に進みました。1995年に発表した学校の卒業プロジェクト『Le Jardin Idéal(理想の庭)で,すでに公共空間を扱っています。都会の中にある僅か数平方メートルの,余白のような狭い公共空間が題材です。土地の再開発などで利用不可能となった,または放棄された狭い土地は,公衆トイレになる例が,少なくありません。私はそういう空間にタイルを張ったり,壁を塗装したり,ベンチに文字を書き込むことで,より有効に活かす方法を提案をしたかったのです。現在の作品に通じるものがあり,今発表してもおかしくない内容だと思います。Notes pour un projet à venir(来るプロジェクトのためのメモ)』(1997年)も,その頃取り組んだ作品です。最初は,興味を持ったベンチや縁石など都市空間のあらゆるディテールについて毎日ひたすらメモをとっていました。作品として発表することなど考えず,面白いと感じたことをただ記録していました。

 

ER:余白のような空間と仰るとゴードン・マッタ=クラークの作品を連想します。都市の余った空間を,すべて土地台帳に記載した彼の作品についてはご存知ですか。

 

DC :ええ。ただしゴードン・マッタ=クラークの場合,1〜2平米足らずの空間に限定しているところが私と違います。これは大好きな作品の一つで,都市空間における所有権の曖昧さを取り上げています。普段町を歩いていて,うっかり私有地の中に足を踏み入れてしまうという経験は,誰にでもあります。これは場所によって公共なのか私有なのか物理的な印がない限り区別がつかないという事実を,裏付けているのです。

 

ER:ゴードン・マッタ=クラークは科学的または地理的な資料に基づいて、作品に取り組みました。コンセプチュアルアートで頻繁に用いられる「資料」ですがクールボさんの作品には見られません。

 

DC:先ほど挙った例は,確かに土地台帳という形式で作品が制作されていますが、写真も含まれています。これが大変凝った写真でゴードン・マッタ=クラーク自らの撮影によるものです。美術作品は、直に触れる機会よりも、写真で目にする頻度の方が高いという当時の現状を踏まえてこの世代の作家の多くは自作の写真を自ら撮影しています。マッタ=クラークの他に,マイケル・ハイザーやロバート・スミスソンも有名です。不思議なことに、肝心の写真を今私たちが見てもその思い入れが伝わってこないのですが。

 

ER :風景を題材として扱う作家の多くは,地図学の要素を取り入れています。これは1970年代の作品に顕著な傾向ですが,クールボさんの作品に地図は見られません。

 

DC :地図学については、景観デザイン学校で学びました。しかし作品に取り入れたことはありません,少なくとも発表した作品の中には。景観や領域について考えた時,地図はごく自然に思い浮かぶ道具ではあります。しかし地図には独特のグラフィックや,フィクションとの強い連動性があり、かえって扱いにくいと思います。

 

ER :アーバンピンポン展で模型を取り入れたのは、新たな試みですか。通常は,美術よりも建築で使用されるものですが。 

 

DC :アヌシー市の為のプロジェクトScenario Parmelanパルムラン・シナリオ』(2000−04年)を扱った展覧会で,すでに模型を使用しています。さらに今回は,『Une Trace de Pneu devient une Ligne de Fleursタイヤの跡が花壇に生まれ変わる』の模型の展示方法に、彫刻の手法も取り入れてみました。模型の他に,ユルスリンヌ・メディアテークの建設現場のビデオ上映も,作品に含まれています。ですから模型はこの全体の一部に過ぎず,それ自体は作品ではありません。私にとっては全体が一つの作品なのです。そして今回の『タイヤの跡が花壇に生まれ変わる』では,インスタレーションとして見せないための方法をあえて考えました。インスタレーションにすると,演出という新たな要素が加わってしまうからです。演出を取り除いた結果今回の展示方法に落ち着きました。昨今の建築展は,特殊効果やトリックを駆使した,演出家による会場構成が目立ちます。ユルスリーヌ・メディアテークの展示では敢えてこの方向性を避けるよう心がけました。

 

ER :私は主にアーティストと都市の関係性を扱う展示をこの会場で企画しています。これまで様々な作家が,色々な角度でこのテーマを扱ってきましたが,今回のように模型を使ったり,演出の問題に直面するのは,初めてです。美術展専用の空間で,都市空間を扱う作品を展示すると,両者の間に複雑な関係が生じるのです。私にとって本展は,その限界について,考えるきっかけとなりました。会場の外にある街で体験したことについて,会場内で,どう発表するのが適切なのか。作家にとって,街から会場へと場所が移るため,間接的な方法以外に選択肢がないことになります。その結果,扱う体験以上に,体験の伝え方が,重要になるのではないでしょうか。クールボさんのNeedsニーズも,ある場所での体験を写真というイメージに収めて,違う場所に移動して発表する,という手法をとっています。その写真を資料と見なすこともできますが,完成度がきわめて高いですね。今回の展示では実現を控えたプロジェクト(カンペールのプロジェクトの模型)と,資料のようで資料ではないもの(ニーズの写真)が,同じ空間の中に共存しています。両者の間に生じる緊迫感について,どうお考えですか。

 

DC :一方に作品があって,他方に模型や写真など資料があります。これは会場で見せる作品と,日常生活との関係性という,まさに私のライフワークに関わってくる問題です。都市との関係性を扱う現代美術展の場合,都市について語るのか,あるいは公共空間におけるアートについて語るのかという,二つの方向性が考えられます。私は,社会におけるアーティストの役割を問いかける後者に,より関心を寄せています。ニーズのシリーズは,この二つの問題を平行して扱っています。私にとってニーズ』とは、市民として,個人として、社会における作家の役割について考えるための手段なのです。今回のフェルナン・レジェ・ギャラリーでは,市内の地下二階という地理的な位置を、とても不思議に感じました。展覧会場の中で,美術作品の題材と現実社会との関係性をどう扱うのか,難しい問題です。この両者の間に生じる溝を,いかにして埋めるのか、アートのための空間とはなにか,どう使用すべきなのか,考えざるを得ません。

 

ER : 街の中で展開する物語とギャラリーの空間が,直結していることを前提に,展示を考えるべきではないでしょうか。ギャラリーにとって,街と都会は,来場者の思考を促すための,口実に過ぎないはずです。私は展示に地図や図面を駆使して,都市について語りたいわけではありません。しかし現実には,都市空間を扱う企画展示,という形に収まってしまっています。そして参加アーティスとたちとこの問題を議論すればする程,解決の糸口が見えなくなります。今回のクールボさんの展示方法は、公共空間としての展示空間とはなにか,私たちに問いかけています。この企画をクールボさんと一緒に進めるなかで,街を手袋のように,裏返してみよう,というお話しを思い出します。最終的に展示空間が,一つの公共空間に生まれ変わったのではないでしょうか。

 

DC :本来すべての展覧会場が,公共空間であるべきだと,私は考えます。今仰ったような発想に基づく企画,Grand Car Boot Sale グランド・カー・ブーツ・セール と題したガレージセールを,2007年に実施しました。この時アート関係者にオープニングの招待状を送付し,一般の人には新聞記事やポスターで,ガレージセールについてのみ告知する方法をとりました。その結果,現代美術展のオープニングに訪れた人々と,ガレージセール目当てに来場した人々が,同じ空間で混ざり合うという,面白い状況が生まれました。展示会場を街の延長と見なし,様々な人々が行き交う街の様子を,会場の中で再現する試みでした。

 

ER :次に,本展を構成しているもう一つの展示Propositions pour un Paysageある風景のための提案(2009)についてお伺いします。この作品について、お話しいただけますか。

 

DC :展覧会は通常,会場の壁と床に作品を設置する,お決まりの形式に収まりがちです。床に置いた作品は,それだけで彫刻のような,特異な存在感を帯びてしまいます。ところが公共空間の場合,作品を一つの個体としてではなく,環境の中で展開されるものとして,発表することが可能です。来場者は、環境と切り離した一個の作品を見るのではなく,展示環境を一目で捉え、その全体を作品として捉えることができます。初期の私が映像作品に拘っていたのも,壁にかけたり床に置いたりする作品を避けるためでした。あらゆる欠点をなくした,まっさらな壁のホワイトキューブは,個体としての作品を受け入れるための,ニュートラルな空間です。ところが私にとっては,そこが問題なのです。ホワイトキューブならば,私は反対に,その特徴や欠点を探して,空間としてのアイデンティティを求めたいところです。これは景観デザイナーが,与えられた空間のポテンシャルを引き出すのに用いる方法と同じです。例えば坂道や小川があれば,それらをどのように活かせるか、考えてみる。フェルナン・レジェ・ギャラリーにおいては,二つの要素を展覧会に活かそうと考えました。それは床の傾斜と,配管や照明器具のついた天井です。天井に設置された夥しい機器は通常,展示を妨げるものとして敬遠されます。私は反対に,これらをうまく使う方法を考えることにしました。

 

ER :従来とは違う方法や発想を用いるところが,クールボさんの特徴だと強く感じました。今回もギャラリーの天井を,都会の取り残された空間と同じように扱われたところにたいへん興味を引かれました。

 

DC :私は普段から,ごく日常的な,身近なものを作品に取り入れています。例えばコップです。コップは誰が見てもただのコップで,コップに対する固定概念など存在しません。身近なコップというものがあり,それに対して、私たちには皆,それぞれの思い入れを抱いています。この点が肝心です。ある人はコップを見て,マイケル・クレイグ・マーティンの作品An oak Treeオーク・ツリー(1973年)を連想するかも知れない。私の大好きな作品で,その中のコップは,もはやコップではなくなっているところが,面白いと思います。ニーズシリーズのほとんどの作品も、日常的な行為やものが題材です。特別なものでも,珍しいものでもない,誰にでも解りやすいものが登場しています。解りやすいものだからこそ,明解な、強い説得力が備わるのだと,信じています。

 

ER :今回の展示に選んだものの中に,先ほどのコップと同じく,観る人の連想を誘うようなものは,他に挙げられますか。

 

DC:天井からぶら下がった自転車の車輪は,デュシャンです。彼が作品に取り入れた有名な車輪と,彼が天井を利用した,二十世紀の最初のアーティストであるという史実に,まつわっています。1938年の1200個の墨袋を使った展示と,1942年、ニューヨークで発表したMile of Stringマイル・オフ・ストリング』が代表的な例です。車輪以外の物は、それぞれ違う方面から集めました。私たちがある風景を眺めるとき,その全体を一つとして捉えて観るものです。風景の中には独立した,多種多様な要素が混在していて,それらの合計が、一つの風景を作り上げていると言えます。私も今回展示会場を考える上で,単に色々な物を並べるのではなく,物や素材が共存する,一つの環境として作り上げたいと思いました。リノリウムや木材や色を使ってみたのも,このためです。物体を出発点としたレディメードの発想から離れて,物の組み合わせから読み取れる象徴性や関係性などからも,解放されたかったのです。結果的に,会場は風景がそうであるように,あるストーリーを展開しながらも,全体に特別な意味はありません。そこに存在するだけで,知性と感性の両方に訴えかけています。例えば今回の展示で,一枚の板を黄色く塗りました。板は壁に反射して,ある程度の効果を発揮する以外に,機能はありません。しかし光と明るさに対する,私たちの反応に働きかけているという点で,十分な役割を果たしているのです。これまでの作品で私は主に,アートの存在意義という問題を扱ってきました。その視点から考えた,物や空間の利用方法に,とらわれていました。しかし今後は,感性により重点を置いて,創作に取り組んで行きたいと考えています。

 

ER :記号化されたものよりも,知覚できるものに重点を置けば,来場者は一カ所に立ち止まらず,会場の中を自由に動きやすくなります。観客と展示物との間に,より流動的な関係を促すことになります。

 

DC :ええ,それでいて,作品はその場にあるわけですから,これは理想に近い状態と言えます。床に何も置かず,移動を妨げる障害物が一切取り払われた環境を提供すれば,展覧会の要点が、実はその場には無い,というメッセージも伝わります。そして要点とは,来場者の移動という行為の中に,あるのかも知れません。すると作品は一種の交通手段になり,乗り物と同じ役割を果たすことになります。以前からこの考え方を温めていて,多くの作品の創作起点にもなっています。

 

ER :天井を取り込んだ展示法と言えば,バロック時代を思い浮かべます。一枚の絵画と向き合うのではなく,一つの環境の中に身を置いて,空間全体を感じ取るという鑑賞法が生まれた時代です。当時の作家は演出に頼ることなく,対面式に限られていた鑑賞法に,天井を取り込み,従来の鑑賞法を超越することに成功しました。クールボさんにとっても,同じような試みだったのでしょうか。

 

DC :今回の作品は,以前から考えていたいくつかのアイデアが結晶して、生まれました。例えば2005年,パリ市主催のNuit Blanche白夜」で発表した『Promenadeプロムナード』の例を挙げましょう。「白夜」とは,街頭で多数のアートイベントが,夜通し開催される催しです。私はプロムナード』で路上と,頭上の空いたスペースに焦点を当ててみました。路上200メートルにわたって文字を書き並べ,頭上に点滅照明を取り付け,空間の中の移動に焦点を絞りました。訪れた人々はプロムナード』の中を通って,他の作家による作品へと移動をする形でした。すなわちプロムナードは空間でもあり,ある時間の流れでもあったのです。

 

ER :ある風景のための提案』と、Seven Diamondsセブンダイヤモンド』という作品には共通点があるように感じます。そこにあるべきものが無い,という状況が両者に共通しています。アーバンピンポン展の来場者の中には,白い壁以外,何も気づかずに,出て行ってしまう人がいて,頭を上げるようこちらから促すこともありました。風景の中に隠された7つのダイヤモンドも、似たような現象ではないでしょうか。そしてこれは,ニーズにも見出せる特徴ではないでしょうか。他の場所で起きている事柄について,今この場で語る。遠くにあるというよりも,他の場所に移されたものとの距離を,作品が創りだしているのではないでしょうか。

 

DC  : ええ、要点を他へ移すことで、企画そのものを飛躍させることになります

。例えば,日本の公園のための企画を持ちかけられたとき*1,独立した,彫刻作品ではなく,周辺の環境に注目が集まる展示方法を選びました。公園の地中に,7つのダイヤモンドを7つの秘密の場所に埋めたのです。それによって訪れる人々が,特別な視線を風景に注いでくれることを願って。言い換えれば、この特別な視線を誘う機能を、ダイヤモンドに与えたことになります。ニーズもごくシンプルな,慎ましい行為を用いて,これに近い効果を生み出しています。

 

ER :「園内で移動することを前提に,デザインされた公園」という企画について以前伺いました。公共空間における移動という題材を,ストレートに扱った内容ですね。本展のタイヤの跡が花壇に生まれ変わる(2006−2009)も,同じ題材です。公園の企画の場合,そこを訪れる人々は,どの程度作品としてその空間を捉えているのでしょうか。

 

DC :従来とは異なる方法で空間を生み出すことに,たいへん興味があります。タイヤの跡が花壇に生まれ変わる(2006−2009)の場合,姿を消した工事現場から,新しい公園が生まれました。この公園が生まれた経緯について,訪れる人が気づかなくても、私は構いません。これは全ての作品について言えることですか,作品として捉えれていようがなかろうが,存在していることに,意義があるのです。アヌシー市のためのプロジェクトパルムラン・シナリオ』を例に挙げるとそこには作品の手がかりとなるものが何一つありません。作品として認識できる要素がないのです。私は意図的に作家名も記していません。アート作品として認識して欲しいのではなく,純粋に作品を楽しんで欲しいと考えているからです。一般的に,作品として発表されるものはアートという一つの神話の中に組み込まれてしまっています。これが一部の人々にはバイアスとなり,鑑賞に悪影響を及ぼすこともあります。ところが公共空間は,そうしたバイアスから解放された作品との新しい関係性を生みだす環境を,提供してくれます。限定された場所や時間で鑑賞するのではなく,街の日常生活の中に作品と出会う可能性が秘められていた方が,私には魅力的です。街を歩いていると,色々な人々を見かけてさまざまな匂いや音と出会います。これと同じ感覚で,街の中で作品に巡り会う楽しみを,人々に提供したいのです。公共空間の中の作品には,保護された環境に閉じ込められることなく、私たちの日常の一部として存在する可能性を秘めています。いわゆるストリートアートは,一時的な作品やパフォーマンスで,エンターテインメント性が強く,私と方向性が全く違います。私は都市計画に参加したり,都市の空間デザインに直接関わることに,拘りたいのです。これらの領域には,アーティストとして創作する余地が,まだまだ残されていると感じています。しかし,プロジェクトを展開する場が少ないのが,現状です。国土整備地方振興庁が、公共機関によるアーティストや写真家への作品依頼を手助けするために窓口を設けたことは,素晴らしいと思います。「アートのための1%」(すべての公共建築に,建設費の1%を芸術作品に充てる義務を課した法律)も、創作の可能性を広げるものだと思いますが,実際には制約が多く,容易ではありません。公共空間に関わりたいアーティストのための,行政の窓口が,ないのです。例えば,新しい広場の企画提案の公募が実施されても、私たちに参加する資格はありません。公園を造る場合も,アイデアが豊富なアーティストより,造園家に任せるのが当然と,行政は判断するのです。私たちにも,エンジニアや専門家と一緒に組んで作業をすることができるということを、分かって欲しいのですが。かえって専門家や技術者と組んだ方が、面白い作品が生まれるはずだと思います。難しい状況ですが,このような企画に関わってゆけることを,願っています。

 

ER :公共空間の場合,いわゆるモニュメントとしての作品と,現在私がイヴリーで取り組んでいる一過性の展示作品以外に,表現方法が無いのが,フランスの現状です。公共空間に積極的に取り組むのであれば,景観デザイナーになるという選択肢もあったと思いますが,なぜアーティストの道を選ばれたのですか。

 

DC :理由は簡単です。創造という行為と物理的にものを作るという行為の間には,大きな隔たりがあり、一般的に景観デザイナーは,創造性を求めいないものなのです。景観デザインという職業に含まれる,景観,都市,街という要素は,確かに私の最も関心のあるところです。しかしそれらの題材を,景観デザイナーという技術者として,考えたくはないのです。例えばカンペールのプロジェクトは実現が大変難しい内容です。景観デザイナーが通常勤務する市役所,行政といった環境においてこのようなプロジェクトが実現できるとはとても思えません。私のプロジェクトは、都市や景観を直接題材に扱う景観デザイナーとは,異なります。空間とはどのように生まれるものなのか,どのように形成されてゆくのか,という問題意識から生まれているのです。私にとって,形式に捕われることなく,通常アートに用いられないような素材やモチーフを扱える点が,面白いのです。例えば地面を扱う場合です。何の模様もない地面を歩くというのは,結構辛いことです。単色でモノトーンな2000平米の広場を渡るのと,デザインによって動きや表情を見せる広場を歩くのとでは,大きく違います。この場合、レイアウトやスペックは、広場という空間をより快適に,楽しく歩くための道具として機能します。アヌシー市のプロジェクトでは,特にこの問題について考えさせられました。例えばベンチ一つとっても身体の寸法から,その高さと幅を決定し,次に長さを決めなければなりません。そのためにはプロジェクトの利用者がどのような姿勢でベンチを使うのか想定する必要があります。更に素材も適切なものをび、金属か,木材か,表面は加工するのかどうか、あらゆるディテールを決めてゆきます。単純に聞こえるかもしれませんが,プロジェクトは制作工程の中から,生まれてくるのです。そこへ資金繰りの問題も加わり,プロジェクトは更に変化を遂げてゆきます。最終的に完成したものに、存在意義があるということがとにかく重要だと思います。単なる思いつきの産物ではなく,創造意欲と様々な制約を経て生まれたものが前提なのです。一つのプロジェクトを評価する際は,全体の仕上がりだけを見るのではなく,様々な制約をどのような知恵をしぼって,乗り越えてきたのか,という制作過程も,考慮されるべきだと思います。

 

 

*1『セブンダイヤモンド十勝千年の森,帯広。